スキビ二次小説ブログ「唐紅」でいただいたコメントのお返事、更新情報、管理人の近況などを書いています。尚、お名前の敬称についてですが「さん」で統一させていただいています。管理人に対しても気軽に呼んでやってくださいv
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2011/04/02 (Sat)
**********
「二人の役者としての可能性を広げてくれたダークムーンに、そして嘉月と未緒に……乾杯」
透明な二つのグラスが重なり、特有の高い音を立てる。喉を通る液体の冷たさが、茫然と流されてしまいそうな意識を僅かに覚醒させた。
「君はまだ未成年だから、今回はジュースにしたけれどね。いつかキョーコちゃんとお酒を飲める日が来るのが楽しみだよ」
常ならばテーブルを挟んで正面にいるはずの人の声が右の耳をくすぐり、甘い蜜のように甘美に私の中へと溶け込む。
「敦賀さん……」
「何?」
「なぜ私を名前で呼ぶんですか? いつもは苗字なのに」
キョーコちゃん、なんて呼んだ事がないのに。
いつもと違う敦賀さんの雰囲気……その中でも特に違和感を覚えるこの呼び方。薄い紙ヤスリを逆方向に擦っているような、ざらりとした感覚に不安を感じて問い掛ける。
「もう、いないからだよ」
「え?」
「君を『最上さん』と呼んでいた人格は、もうないんだ」
あっさりと宣告する声の、その意味が理解できない。
「敦賀、さん?」
「その名前の男は、俺を封印するための枷だったんだよ、キョーコちゃん」
「あの……何のお話ですか」
足元から這い上がってくる、得体の知れない何か。それから逃げたくて、そんなものには気付かない振りをして、努めて平静に言葉を返した。
「俺はね、キョーコちゃん。俳優としての頂点を目指し続けて、その為だけに生きてきたんだ。他には何も望まず、幸せになど決してならないと、そう誓っていた」
「幸せにならないって……そんな……」
言いかけて、かつて垣間見た敦賀さんの辛そうな顔が思い出された。大切な人は作れないと、坊に打ち明けたあの時の表情が。
「その誓いを果たす為に、俺は俺自身を封印したんだ。『敦賀蓮』という人格でね」
『敦賀蓮』は芸名だと、この人の口からそう聞いたのはいつだったろう。それとは明らかに違う意味で、突き放すような言い方で、傍らにいる人は更に話を続ける。
「俺には目標とする人がいて、彼に追いつき、追い越す事は俺の悲願だった。だから今日は特別な日だったんだ。あの人の打ち立てた記録を破る事ができて、ようやく一歩近づけたと思う事ができた……そのドラマの、完結と成功を祝す日だったから」
あの人の打ち立てた記録?
敦賀さんの言う、目標とする人というのは……
「それなのにね」
クスリ、と敦賀さんは皮肉げに笑って、象りかけた私の思考を遮断した。
「小さい頃から見上げ続けた長い階段にようやく足を掛ける事ができたのに、君はそれをいとも簡単に破壊してくれたんだよ」
「破壊……?」
そんな大それた事を、私はしてしまったんだろうか……
心当たりのない罪……それに気付く事ができない自分を申し訳なく感じて、身が竦んだ。
語られる言葉に嘘はないのだと、この人が言っている事は決して大げさではないのだと、敦賀さんの様子からそれだけは確実に伝わってきて、身に覚えがないと反論する事すらできない。
「俳優としての成功など無意味なのだと、君は無情にも突きつけてくれた。初の勝利の美酒に酔うはずだった、今日この日にね」
話す内容は明らかに私を責めるものなのに、口調は飽くまでも淡々としていて……その不協和音が、絡め取るように私を縛る。
「俳優として生きていく為には『彼』が必要だった。でも本当に大切なものが何なのかを知った時、枷である『彼』は存在意義を失ったんだよ」
滑稽だよね、と敦賀さんが笑う。
「『彼』は君を傷つけて、壊してしまう事をずっと恐れていた。それなのに、実際に壊されたのは『彼』の方だったんだ」
何かを哀れむように、誰かを悼むように……嘲るように。クスクス、クスクスと敦賀さんは笑い続けた。
「だからね、キョーコちゃん。君をちょうだい?」
不自然なほど軽やかに私へと向けられた言葉に、一つ瞬きをする。その意味するところを捉え損ねて。
「え……?」
「『敦賀蓮』を失った俺に、君をくれないか」
ふっと身体が後ろへと傾き、白い天上が目に入った。頭の下でクッションになっている柔らかな手と、私に被さる大きな影と、深い色を湛えた瞳の光彩と。
見るもの、感じるもの全てが、私の感覚を麻痺させる。
「君の世界も変えてあげるよ」
だから共に行こうと……そう告げる人から逃げる術を、私は持ってはいなかった。
**********
結論。
この話、どうやっても終わりません(泣
ここで打ち切るか、続けてもあと1本止まりですね。
リクエストの多かった、本誌妄想の続きです。
こちらのブログにいらしてくださる皆様に、感謝をこめて。
(これがお礼になるような話かどうかは、疑問の残るところですが)
こちらのブログにいらしてくださる皆様に、感謝をこめて。
(これがお礼になるような話かどうかは、疑問の残るところですが)
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「二人の役者としての可能性を広げてくれたダークムーンに、そして嘉月と未緒に……乾杯」
透明な二つのグラスが重なり、特有の高い音を立てる。喉を通る液体の冷たさが、茫然と流されてしまいそうな意識を僅かに覚醒させた。
「君はまだ未成年だから、今回はジュースにしたけれどね。いつかキョーコちゃんとお酒を飲める日が来るのが楽しみだよ」
常ならばテーブルを挟んで正面にいるはずの人の声が右の耳をくすぐり、甘い蜜のように甘美に私の中へと溶け込む。
「敦賀さん……」
「何?」
「なぜ私を名前で呼ぶんですか? いつもは苗字なのに」
キョーコちゃん、なんて呼んだ事がないのに。
いつもと違う敦賀さんの雰囲気……その中でも特に違和感を覚えるこの呼び方。薄い紙ヤスリを逆方向に擦っているような、ざらりとした感覚に不安を感じて問い掛ける。
「もう、いないからだよ」
「え?」
「君を『最上さん』と呼んでいた人格は、もうないんだ」
あっさりと宣告する声の、その意味が理解できない。
「敦賀、さん?」
「その名前の男は、俺を封印するための枷だったんだよ、キョーコちゃん」
「あの……何のお話ですか」
足元から這い上がってくる、得体の知れない何か。それから逃げたくて、そんなものには気付かない振りをして、努めて平静に言葉を返した。
「俺はね、キョーコちゃん。俳優としての頂点を目指し続けて、その為だけに生きてきたんだ。他には何も望まず、幸せになど決してならないと、そう誓っていた」
「幸せにならないって……そんな……」
言いかけて、かつて垣間見た敦賀さんの辛そうな顔が思い出された。大切な人は作れないと、坊に打ち明けたあの時の表情が。
「その誓いを果たす為に、俺は俺自身を封印したんだ。『敦賀蓮』という人格でね」
『敦賀蓮』は芸名だと、この人の口からそう聞いたのはいつだったろう。それとは明らかに違う意味で、突き放すような言い方で、傍らにいる人は更に話を続ける。
「俺には目標とする人がいて、彼に追いつき、追い越す事は俺の悲願だった。だから今日は特別な日だったんだ。あの人の打ち立てた記録を破る事ができて、ようやく一歩近づけたと思う事ができた……そのドラマの、完結と成功を祝す日だったから」
あの人の打ち立てた記録?
敦賀さんの言う、目標とする人というのは……
「それなのにね」
クスリ、と敦賀さんは皮肉げに笑って、象りかけた私の思考を遮断した。
「小さい頃から見上げ続けた長い階段にようやく足を掛ける事ができたのに、君はそれをいとも簡単に破壊してくれたんだよ」
「破壊……?」
そんな大それた事を、私はしてしまったんだろうか……
心当たりのない罪……それに気付く事ができない自分を申し訳なく感じて、身が竦んだ。
語られる言葉に嘘はないのだと、この人が言っている事は決して大げさではないのだと、敦賀さんの様子からそれだけは確実に伝わってきて、身に覚えがないと反論する事すらできない。
「俳優としての成功など無意味なのだと、君は無情にも突きつけてくれた。初の勝利の美酒に酔うはずだった、今日この日にね」
話す内容は明らかに私を責めるものなのに、口調は飽くまでも淡々としていて……その不協和音が、絡め取るように私を縛る。
「俳優として生きていく為には『彼』が必要だった。でも本当に大切なものが何なのかを知った時、枷である『彼』は存在意義を失ったんだよ」
滑稽だよね、と敦賀さんが笑う。
「『彼』は君を傷つけて、壊してしまう事をずっと恐れていた。それなのに、実際に壊されたのは『彼』の方だったんだ」
何かを哀れむように、誰かを悼むように……嘲るように。クスクス、クスクスと敦賀さんは笑い続けた。
「だからね、キョーコちゃん。君をちょうだい?」
不自然なほど軽やかに私へと向けられた言葉に、一つ瞬きをする。その意味するところを捉え損ねて。
「え……?」
「『敦賀蓮』を失った俺に、君をくれないか」
ふっと身体が後ろへと傾き、白い天上が目に入った。頭の下でクッションになっている柔らかな手と、私に被さる大きな影と、深い色を湛えた瞳の光彩と。
見るもの、感じるもの全てが、私の感覚を麻痺させる。
「君の世界も変えてあげるよ」
だから共に行こうと……そう告げる人から逃げる術を、私は持ってはいなかった。
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結論。
この話、どうやっても終わりません(泣
ここで打ち切るか、続けてもあと1本止まりですね。
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